めぐみとまこと

 ちょっと難しいと感じられるかもしれませんが….めぐみとまことの名称の由来について書いてみたいと思います。

めぐみとまこと」という名称は、聖書の中のことばからとられています。二つの単語「めぐみ」と「まこと」は度々セットで用いられ、旧約聖書にも新約聖書にも登場します。

旧約聖書が書かれたヘブル語(ヘブライ語)では、めぐみと訳されている言葉はヘセド、まことと訳されている言葉はエメトという言葉です。

ヘセドという言葉は、日本語では「恵み」や「慈しみ」という言葉に訳されることが多いのですが、ヘセドという言葉が持っているニュアンスは、「尽きることのない、絶えることのない、信頼に足る、裏切ることのない、確実な愛」と言えます。

一方、エメトは日本語では、「真実」や「真理」という言葉に訳されることが多いのですが、堅固、不変性、持続の意味も持っています。よく知られている「アーメン」という言葉は、このエメトがもとになっています。(アーメンは、日本語の聖書では「まことに」という訳があてられているほか、「真実」「本当」「正しい」の意味があります。)

この「めぐみとまこと」がセットで用いられる時には、聖書に示されているこの世界を創造され、私たち人間をこの世界に生あるものとして存在させてくださった神の、人間に対する愛の、真実で、変わらない、そして愛し続け、関わり続けてくださる、諦めることのない様子を表していると言えます。

この愛については、少し専門的な表現かもしれませんが、神さまが人間との間に結ばれた「契約に基づく愛」と説明されます。それは旧約聖書から新約聖書まで一貫しているものです。

旧約聖書の中でも度々セットで用いられる「めぐみ」と「まこと」ですが、新約聖書の中では、ヨハネの福音書の中に次のように用いられています。

1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
1:17 律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。
(新改訳聖書2017 ヨハネの福音書1章14,17節)

旧約聖書の時代には、イスラエル民族(へブル民族)を通して神の真実な愛は示され続けてきました。人間が神の愛に応えず裏切っても裏切っても裏切っても、神は「帰れ!」、「生きよ!」、「思い出せ!」と関わり続けようと手を差し伸べられます。

そして時満ちて、神の御子イエス・キリストの降誕。この方に「めぐみとまこと」が完全に現わされ、また、人間に対する愛の極みが実現したという内容が書かれています。

めぐみとまことは、その愛の中で生かされていることを忘れずに、また、その愛に応えるような生き方をしたいと願って名づけられました。

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