だれも、悪に対して悪を返さないように気をつけ、互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うように努めなさい。(テサロニケ人への手紙第一5章15節)
”The Message”という英語の意味訳聖書(著者はEugene H. Peterson)では、次のような訳になっていました。
13-15 Get along among yourselves, each of you doing your part. Our counsel is that you warn the freeloaders to get a move on. Gently encourage the stragglers, and reach out for the exhausted, pulling them to their feet. Be patient with each person, attentive to individual needs. And be careful that when you get on each other’s nerves you don’t snap at each other. Look for the best in each other, and always do your best to bring it out.
13-15 仲良く、それぞれが自分の役割を果たしなさい。私たちの忠告は、怠けている者たちに行動を起こすよう警告することです。(仲間から)はぐれてしまっている者にはそっと励ましてあげること、疲れ切っている者には手を差し伸べ、立ち上がらせなさい。一人一人に忍耐強く接し、個々のニーズに気を配ること。そして、お互いにイライラしたときには、キレないように注意すること。お互いの長所を探し、それを引き出すために常にベストを尽くしなさい。(試訳)
聖書の告げる内容を私たちの日常の生活の中でどう受け止めるべきか、という視点において、毎日の施設内でのお互いの関係という具体的な適用の場所を思えば、この訳はわかりやすいのではないかと思います。
今月のテーマ聖句においては、悪という言葉に対応して善という言葉が使われていることに注意を向けてほしいと思います。悪に悪ではなく、悪に善をもって対するということです。
「悪」と日本語に訳されてる言葉は、英語では”bad”であり”evil”です。”bad”は、名詞では、”悪い[正しくない]行為[行動]”という意味だとありました。
形容詞では”〔基準に照らして〕不十分な、良くない、悪い”とか”〔人や行為が〕不道徳な、邪悪な”に続いて、”〔言葉遣いが〕間違った、正しくない”。”〔表現が〕下品な、不快な”。”〔気質や状況が〕怒りっぽい、険悪な”などの意味が続きます。
”evil”は、名詞では”(邪)悪、不正、不道徳”、”悪事、不正な[不道徳な]こと”。”悪の源、邪心”の意味があり、形容詞では、”道義に反する、不道徳な、よこしまな”ことを指す言葉として用いられます。
原文で使われている言葉をみてみると、本来的にあるべき姿ではない、悪い性質(あるいは本質)を指していて、道徳的に間違った、考え方の方向性、感じ方の方向性、行動の方向性を指しています。
日本語で「返す」と訳されている言葉は、(おなじものを)返す、お返しするという意味のことば(英語ではrepaid)が使われています。対して「努めなさい」という部分は、「熱心に追い求める、熱心に獲得しようと努める」という意味の言葉が使われています。
熱心に目指すべきもの、追い求めるべきものは、「善」です。原文を確認すると「内的な価値、道徳的なよさについて」あらわす言葉として用いられています。相手が悪い心からしてきたこと、言ってきたことに対して、正しい心で、良い心で対応することが求められているという意味になります。
今月のテーマ聖句を一緒に考えていくのは、いつも顔を合わせているお互いの間です。毎日、同じ場所で顔を合わせ、時間を共に過ごしている仲間でありチームの中でです。その中で、悪には悪で対処するのではなく、悪に対して善で対処することを考えてみたり、実際に取り組んでみたりしたいと願っている訳です。